私たち石川秀樹と小山高弘は、幼い頃から剛柔流拳昌会国際空手道連盟で共に鍛錬を積み、切磋琢磨しながら空手道を通じて人生の基盤を築いてきました。拳昌会館長・地引昌次郎先生は、剛柔流の伝統継承にとどまらず、競技空手の発展にも先見の明を持って尽力されました。子どもたちの競技空手を牽引する先駆的な組織として全日本ジュニア空手道連盟を設立し、海外遠征や国際大会への参加を通じて、若い選手たちに世界の空手を体験する機会を提供されました。その先進的な取り組みにより、子どもたちをいち早く国際空手の舞台へと導いた先駆者として広く知られています。

地引昌次郎先生のご逝去後は、二代目館長・地引一弘先生のもとで稽古を続け、伝統空手と競技空手の両面をさらに深めてきました。この豊かな系譜と空手への真摯な献身が、幼少期から受け継いだ価値観と技術を伝え続ける私たちの原動力となっています。

石川は、幼少期から全国大会で輝かしい成績を残し、数多くの海外遠征を経験しました。高校卒業後は米国カリフォルニア州の大学へ留学し、米国空手ナショナルチームコーチのジョン・リムカコ先生に師事して競技空手をさらに追求しました。6年間の滞在中、学業と空手を高い水準で両立させながら米国代表選手に選出されました。帰国後は東京都強化指定選手に選ばれるとともに米国大使館に就職し、空手道を通じて国際的なキャリアを築いてきました。

小山は、16歳で日本代表として国際大会に出場しましたが、初戦敗退という悔しい経験をしました。しかしそれ以上に心に刻まれたのは、各国の選手から話しかけられるにもかかわらず、英語が話せず十分な交流ができなかったことでした。この経験をきっかけに語学への強い関心を持ち、海外での出稽古も積極的に経験しました。米国大使館空手クラブの立ち上げにも深く関わり、現在は外資系企業に勤めています。

二人は指導者として、約20年にわたり米国大使館空手クラブの指導員として空手道の普及と発展に尽力してきました。そして2026年1月、空手道を通じた人材育成を目指し、共に新たに剛柔流桜空手道場を立ち上げました。歩んできた道はそれぞれ異なりますが、空手道が人生に与えてくれた影響と、その恩恵を次世代へ伝えたいという想いは、二人に共通しています。

私たちの共通する経験として、選手として活躍することはもちろん、空手道を通じて現地のコミュニティに温かく迎え入れられたことが挙げられます。空手母国である日本人が、空手道を通じて国境の壁を容易に越える力を持っていることを実感しました。言葉が通じない状況で何をすべきかを考え行動し、自分たちの「当たり前」が通用しない場面に直面する中で、異なる価値観を受け入れる柔軟な心を育む礎ともなりました。こうした経験を通じて、日本人としての誇りを持ちながら、異文化を受け入れる姿勢が培われたと感じています。この学びを活かし、世界で戦える空手選手を育成するとともに、礼節を重んじるグローバル人材を育む空手道場として、子どもたちの未来に貢献していきたいと考えています。